コンテスト#21 たからもの

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皆さん、こんにちは

今回は「たからもの」を題材に取り上げて戴いてありがとうございます。
これを書く前に皆さんの投稿を拝見しました。それぞれに色んな思いを持つ「たからもの」があるものですね。皆さんが仰るとおり、改めて「たからもの」って何かなと考えると以外と難しいように思います。
ここで改めて「私にとってのたからもの」について考えてみましたが、やっぱりそれは手作りの機道具一式かなぁと思います。

私は学生の頃は運動部に所属していて、ほかに特に習い事をしていた訳でもなかったので、同年代の友達たちが何か大きな楽器や剣道などの防具を持って通学している姿を見かける度に、「なんだかやることがあって羨ましいなぁ」と思って過ごしていました。

短大を卒業してからもしばらくはやりたいことが見つからず、自分は何がしたいんだろうと転職を繰り返したりして悶々として過ごしていたんですが、24歳のときにたまたま出会った「機織り」が私の一生のライフワークとなりました。そして機織りを始めると、和服の文化についても知る必要が出てきて、着付けや和裁を習うようになりました。そして活動を充実させるために30歳を過ぎてから通信教育で大学院で勉強して資格も取得しました。順調に行けば2年で卒業できるところを、レポート三昧がしんどくて3年掛かってしまいましたけど、今となっては、学校や様々な場所で学んできたことと機織りが全て繋がってきているように感じているので、あのとき諦めないで良かったなぁと実感しています。そして、今となっては何か大きな道具や楽器を運んでいる人を見つけると、何かに取り組んでいるんだろうなと嬉しく見させて戴くようになりました。いくつになってからでも「始めるということに遅すぎるということはない」のかも知れませんね…。

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話を戻しますが私の機道具は、私に機織りを始めるきっかけをくれた道具作りの師匠が復元製作したものです。基本的にはそのオリジナルが博物館や資料館などに保管されていて、それを実測調査して復元製作したものです。私も簡単な道具は作れるように仕込まれたので、道具の調子が悪くなった時は自分で修正することができます。そうして長く使っていると身体の一部のような存在になっています。この糸車は師匠と二人であぁでもない、こうでもないと苦労しながら組み上げたものです。特に車部分の竹細工の組み上げに少し工夫が必要でした。

@kaneniさんの「たからもの」の記事でも書かれてたんですが、火事にあった時に「ハッ」と思い浮かぶ大切なものってありますよね。もう10年以上前に長屋に住んでいたことがあるんですが、その時に他の部屋から火が上がって、急いで避難したことがありました。幸い、早くに消し止められて私の部屋は天井裏が燃えただけで殆んど被害はなく、また誰も被害者はいなかったんですが、その時に「お願いだから機道具だけは守ってください」と普段信心深くないんですけど神さま仏さまにお願いしたものでした。
年末年始の9連休の初日の朝早くの出来事、寝ぼけながらも意外と冷静にお財布と携帯と充電器まで持って逃げ出したのに、他の部屋の人が仏壇や貴重品を運び出すのを見ているだけで何もアクションを起こさなかったのは今思うと情けないのです。せめてノートパソコンとか、機織り機は大きくて無理としても糸車とか、持ち運べる道具くらい外に出す余裕があれば良かったんですが…^^; でもその時に改めて「自分の大切なもの」を感じたように思います。

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私が機織りを始めて17年が過ぎ、道具作りの師匠も、周りの先生方もお年を召されて気持ちばかり焦っています。思うように機織りができず、成果も見せられずにいますが…。私にとっての「たからもの」とは機道具であり、またそこに関わって下さった全ての先生方や関係者の皆さんの思いも含まれてのものなんだと思っています。一生大事にしないといけませんね。
読んでいただいてありがとうございました。そしていつもコンテストなどの企画を下さっている@steemit-jpさんに感謝申し上げます。


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